認知症になると、すべての契約行為ができなくなります。不動産の売却、預金の引き出し、保険の解約、施設への入所契約まで、本人の判断能力がなければ法的に有効な手続きができません。元気なうちに5つの法的手続きを済ませておくことで、家族が困る事態を防げます。本記事では、行政書士の実務で特に重要な5つの手続きを、優先順位と費用の目安とともに解説します。
なぜ「認知症になる前」が期限なのか
認知症が進行し判断能力が失われると、法律上「意思能力がない」とみなされ、契約行為が無効になります。具体的には、以下のことができなくなります。
- 不動産の売却・賃貸契約の締結
- 預貯金の引き出し(金融機関が口座を凍結)
- 生命保険の解約・変更
- 介護施設への入所契約
- 遺言書の作成
- 贈与契約の締結
認知症発症後に対応しようとすると、家庭裁判所で法定後見人を選任する必要があります。法定後見は申立てから選任まで2〜6か月かかり、選任後も家庭裁判所の監督下に置かれるため、柔軟な財産管理が困難になります。元気なうちに自分で対策を講じることが、家族の負担を最小限にする唯一の方法です。
手続き①:家族信託契約の締結
家族信託は、認知症対策として最も柔軟性の高い制度です。信頼できる家族(受託者)に財産の管理・処分権限を託し、本人(委託者兼受益者)のために財産を管理してもらう契約です。
家族信託の最大のメリットは、本人が認知症になった後も、受託者の判断で不動産の売却や修繕、預金の管理ができる点です。法定後見と異なり、家庭裁判所の許可が不要なため、機動的な財産管理が可能です。
ただし、家族信託は「財産管理」の仕組みであり、身上監護(施設入所契約や医療同意など)はカバーできません。身上監護も必要な場合は、任意後見との併用を検討してください。
家族信託の設計については、松本市で家族信託に強い行政書士の選び方もあわせてご覧ください。
手続き②:任意後見契約の締結
任意後見契約は、判断能力が低下した場合に備えて、自分で後見人を選んでおく制度です。公証役場で公正証書として作成し、法務局に登記します。
家族信託との最大の違いは、身上監護権がある点です。任意後見人は、施設入所契約の締結、介護サービスの選定、医療機関との調整など、本人の生活全般に関わる判断を代理できます。
任意後見は本人の判断能力が低下した時点で、家庭裁判所に任意後見監督人の選任を申し立て、監督人が選任されてから効力が発生します。法定後見と異なり、「誰に後見を頼むか」を自分で決められるのが最大のメリットです。
手続き③:公正証書遺言の作成
遺言書は、自分の財産を誰にどう分けるかを法的に有効な形で残す書類です。遺言書がないと、相続人全員での遺産分割協議が必要になり、意見がまとまらなければ家庭裁判所での調停・審判に発展します。
遺言書には自筆証書遺言と公正証書遺言がありますが、確実性を重視するなら公正証書遺言をおすすめします。公証人が内容を確認して作成するため、形式不備で無効になるリスクがなく、原本が公証役場に保管されるため紛失・改ざんの心配もありません。
認知症が進行すると遺言能力が否定され、作成した遺言が無効になるリスクがあります。元気なうちに作成し、状況が変わったら書き直すのが最善です。
手続き④:死後事務委任契約の締結
死後事務委任契約は、亡くなった後の事務手続き(葬儀・届出・契約解約など)を信頼できる人に委任する契約です。遺言書では対応できない「事務的な手続き」をカバーします。
遺言書で指定できるのは財産の分配方法であり、葬儀の手配・自宅の片付け・各種契約の解約・SNSアカウントの削除といった事務手続きは対象外です。特に以下に該当する方は、死後事務委任契約の締結を強くおすすめします。
- 身近に頼れる親族がいない方(おひとりさま)
- 子どもが遠方に住んでいて迅速な対応が難しい方
- 事実婚・パートナーシップの方
手続き⑤:エンディングノートの作成と共有
エンディングノートは法的効力はありませんが、家族が最も困る「何がどこにあるか分からない」を防ぐ実務上最重要の書類です。
エンディングノートに書くべき主な項目は以下のとおりです。
- 銀行口座・証券口座の一覧(金融機関名・支店・口座番号)
- 生命保険・損害保険の契約一覧
- 不動産の所在地・権利証の保管場所
- 年金番号・マイナンバーカードの保管場所
- かかりつけ医・服薬情報
- 葬儀の希望(宗派・規模・連絡先リスト)
- デジタル遺品(ネット銀行・暗号資産・SNSのID/パスワード)
書いたら必ず保管場所を家族に伝えることが重要です。金庫にしまって誰も知らなければ意味がありません。
各手続きの所要期間・費用一覧
| 手続き | 所要期間 | 費用の目安 | 専門家 |
|---|---|---|---|
| 家族信託契約 | 1〜3か月 | 50万〜100万円(信託財産の規模による) | 行政書士+司法書士(登記) |
| 任意後見契約 | 2週間〜1か月 | 10万〜20万円 | 行政書士 |
| 公正証書遺言 | 2週間〜1か月 | 10万〜15万円(公証人手数料別) | 行政書士 |
| 死後事務委任契約 | 2週間〜1か月 | 10万〜30万円(預託金別) | 行政書士 |
| エンディングノート | 自分のペースで | 無料〜数千円(市販ノート) | 不要(相談は可) |
すべてを一度に行う必要はありません。まずは家族信託と公正証書遺言を優先し、状況に応じて任意後見・死後事務委任を追加するのが現実的な進め方です。
長野県の高齢化率と認知症リスク
長野県は65歳以上人口の割合が約33%と全国上位で、高齢化が急速に進んでいます。厚生労働省の推計では、2025年時点で65歳以上の約5人に1人が認知症になるとされています。
松本市でも、高齢の親を持つ家族からの相談が増えています。「まだ元気だから」と先送りにしているうちに判断能力が低下し、対策が取れなくなるケースは少なくありません。早めの相談が、家族全員の安心につながります。
まとめ:元気なうちに「5つの備え」を
認知症になる前に済ませるべき5つの法的手続きを整理します。
- 家族信託契約:財産管理の柔軟性を確保
- 任意後見契約:身上監護を含む包括的な備え
- 公正証書遺言:財産分配の意思を確実に残す
- 死後事務委任契約:亡くなった後の手続きを委任
- エンディングノート:財産情報と希望を家族と共有
どの手続きから始めればいいか分からない場合は、まずは専門家に相談して、ご家族の状況に合った優先順位を一緒に整理しましょう。
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